Q. 期間は?何回くらい通うと治りますか?
A. 同じ症状でも人によって異なります。治療効果がどれほど続くのかは次の3つの点によって変わってきます。
1.現在の生活で、どれくらい悪い刺激が体に加わっているのか。
2.体を痛めていた期間がどれくらい続いていたか。
3.治る力がどれくらいあるのか。(治療をすることによって、高まっていきます)
治療効果がどれほど定着しているかを確かめるために、2回目は約一週間後に来院してください。そのときの治療効果の定着具合を診て、治療の間隔を具体的に決めていきます。
Q.日常生活での注意点はありますか?
A. 治療時に痛みのとれた姿勢を思い出してみてください。これは、体液や神経の流れが最も良くなる姿勢です。
ということは、それと逆の姿勢は神経の流れが悪くなることになりますから、なるべく控えてください。やってみて、心地良く感じるものはまず大丈夫です。これを機会に自分の体の感覚や、どんな姿勢が心地良いかに気をつけてみてください。
治療当日は飲酒、激しい運動は避け、入浴はシャワー程度にしてください。治療はソフトに見えても、体にとっては、いつもと違った刺激ですので、当日はそれ以上の刺激を加えない方が、体が回復に専念します。ただし、次の日からの入浴は湯船に浸って温まることをおすすめします。
治療を受けた日の夜や翌朝、まれに体が重くなる、だるくなる、眠くなるなどの症状により、違和感を感じる場合があります。これは、治療によって得た新しい体のバランスに一時的に体が戸惑うからです。しばらくするとすっきりと消えますので、心配はいりません。
Q.保険はききますか?医療費控除は?
A. 健康保険の取り扱いはございません。 医療費の控除は出来ます。
Q. 痛くないですか?器具は使うのですか?
A. 痛くありません。器具は使わず、手で治療します。とてもソフトです。
Q.治療時の服装は?
A. 治療時の服装は体を締め付けないものであれば何でも構いません。
スカートやワンピース、体を締め付けるボディスーツやジーンズ等で来院された方は、更衣室に着替え(サイズS〜XL対応、スウェットパンツ、短パン、Tシャツ、トレーナー)がございますのでご利用いただけます。
ベルト、時計、アクセサリー類は外していただきます。ポケットの中のものも取り出しておいてください。 着替えが必要な方はお早めにご来院ください。携帯電話、PHS等は切っておいていただくようお願いします。
Q.食事などの制限はあるのですか?
A. 疾患にもよりますが、基本的にはありません。
但し、治療前の飲酒は避けて下さい。また、治療前のお食事も2時間ぐらいまえまでには済ませてからいらして下さい。
Q.ソフトだとききますが、本当にそれで治るのですか?
A.ソフトだからこそ、体の拒否反応を起こさずに効率よく、整えることができます。

Q.どんな症状に有効ですか?
A. 適応症は西洋医学の全科にわたります。
肩こり・腰痛・椎間板ヘルニア・坐骨神経痛・股関節痛・骨盤の歪み・ひざ、足の痛みやしびれ・捻挫の後遺症・血圧の問題・蓄 膿症・鼻炎・鼻中隔彎曲症・頭痛・寝違い・ムチウチ症・手や腕のしびれ・四十肩、五十肩・腱鞘炎・テニス肘・スポーツ障害・めまい・肋間経痛・ メニエール症候群・顔面麻痺・耳鳴り・難聴・顎関節症・虫歯以外の歯痛・生理痛・生理不順・子宮後屈・慢性膀胱炎・下痢・便秘・結腸炎・肝臓の問題・胆嚢の問題・胃,十二指腸の問題・食道裂孔偽ヘルニア・自律神経失調症・精神的問題等。。。
反対に効かないものがあります。組織の断裂(事故などによるもの)。癌、伝染病、ウイルス性のもの、組織の変性等には、直接は効きませんが、その予防には効果的です。
当センターでは、ただ気持ちの良いだけの施術はしません。その場限りの気持ち良さを求める方には、向きませんが、根本解決を望む方に適した療法です。
Q.誰が始めた治療法なのですか?歴史を教えて下さい。
A.
オステオパシー医学 : Dr.Andrew Taylor Still (アンドリュー・テイラー・スティル)
ストレイン・カウンターストレイン療法 : Dr. ジョーンズ
オステオパシーの歴史
(日本オステオパシー学会 ホームページより抜粋)
オステオパシーは、ヴァージニア州ジョネスビルで、メソジスト協会伝道師の息子として生まれた、アンドリュー・テイラー・スティル博士によって、1874年(明治7年)にアメリカのミズーリ州カークスビルで発表された徒手療法です。
オステオパシー(OSTEOPATHY)の言葉の意味は、ギリシャ語のオステオス(骨)とパソス(病気)という2つの言葉から作られた造語で、スティル博士の「健康か、病気かは体の構造と関連する」という考え方をあらわしています。
Dr. Andrew Taylor Still (Dr.アンドリュー・テイラー・スティル)
スティル博士は南北戦争に従事した内・外科医でしたが、自身の3人の娘を流行性脳脊髄膜炎で次々となくすという体験から、この時代に用いた砒素・水銀などの薬剤治療の効果に疑問をもちました。
その後10年間の研究から、「人間の体には自然な回復力が備わっているが、血液循環や神経支配機能が妨げられると、それがうまく働かなくなって不調となる。そのような循環を妨げる主な原因は、体の各部をつなぐ関節の動きの低下といった構造上の問題にある。」という基本的な考えをまとめました。
当初こそ医学界から受け入れられませんでしたが、その効果は多くの一般市民から指示され、1892年にはオステオパシーの最初の学校をミズーリ州カークスビルに設立し、1910年には医学として公認され、スティル博士が89歳でなくなる頃にはアメリカ全州で公認されるようになりました。
現在では全米に多くのオステオパシー医科大学が設立され、手技療法の専門医が養成されています。