治療方針に関するエピソード

私がこの世界に入ってまだ間もない頃、接骨院に勤めていた時のことです。 20代半ばの女性Nさんがご家族の方に抱えられるように来院されました。

  腰から両脚、足の先まで全身に痛みとシビレが広がっており、小柄で華奢な体を小刻みに震わせながら目をつぶっている様は痛々しく、とても辛そうでした。

  まず、治療ベッドに横になってもらおうとしたのですが、うつぶせ・仰向け・横向きと、どの姿勢も痛くて出来ません。仕方なく、壁に寄り掛かってもらうことにしました。

  状態を調べようと腰に恐る恐る触るととても痛がり、治療するどころか、普通に触ることすら出来ませんでした。そうこうしているうちに、Nさんの呼吸がだんだん上がってきて、辛さがどんどん増してきたのが分かりました。

  私は一瞬、頭が真っ白になり、途方に暮れました。しかし、目の前にいるNさんを見ながら、ふと「Nさんの着ている服が体に触れる事で痛みが増すことはなさそうだ・・・。ということは、やり方によっては触ることが出来るのではないか?」と思ったのです。

  一旦静かに深呼吸をして、Nさんにも気付かれないぐらい、ゆっくり、そおっと、腰に手を近付けてゆき、私の手に力が入らないように気をつけながら、何十秒もかけてそぉっと腰を触ってみました。

   すると、今度はNさんを痛がらせずに何とか触ることが出来たので、その調子で慎重に腰部を調べてみました。腰椎4番・5番の間が鉄のように硬く、狭く感じられ、「この部分が広がれば何とかなるのではないか?」と思い、藁をも掴む思いで腰椎4番・5番をゆっくり、そぉっと広げようとしました。しかし、腰椎と腰椎の間を広げるテクニックを習った通りに試みても、まったく広がりませんでした。それどころか、体に拒絶されているような感じを受けました。

 

  「体が受け入れてくれるにはどうしたらいいのか?私の何かを変えればいいのか?広げようとする指の圧?でも強いと危険だし・・。術者の姿勢?気持ち?・・・・・」

 

   腰椎を広げるテクニックのやり方を微妙に変えてゆく作業を30分ほど行っていた時です。私が色々と触り方を変えてゆく途中で、急に世界が止まったような気がしました。そしてその後すぐに腰椎4番と5番の間がすぅっと広がった感じがしたのです。

 

   思わず私が「あっ!!」と声を出した直後に、Nさんが「今、両足の痛みが無くなりました!」とびっくりした様に言いました。もっとびっくりしたのは私の方です。「えっ!うそ?本当!?少しぐらいは痛みが残っているよね?」と言いたいのをぐっとこらえて「よかったですね」と平静を装って言った事を覚えています。

 

治療中は無我夢中でしたが、後になって、はっとしました。「今まで自分は受け手の治癒力に甘えていたのだ・・・」と。

 

   Nさんの体は本当に限られた種類の刺激しか受け入れてくれませんでした。患者さんのほとんどは刺激に対しての許容量がある程度あるので、少々ポイントがぶれた治療をしても治癒力が強いので、良くなってゆきます。

   しかし、Nさんのように刺激に対しての許容量が小さくなっている人は、ピンポイントで適切な治療をしなくては良くなるどころか悪くなってしまいます。 適切な治療というのは、技術的にただ上手にやるとか、器用にやる、というだけではなく、100人いたら100人違う、患者さんの心身(カラダ)が今この瞬間に求めていることを的確に感じ取り、治療を行う・・・このことを私はどれだけ出来ていただろう・・・まったく出来ていませんでした。

 

   学生時代も見習い時代もそして実際の治療の現場にたってからも自分なりに頑張ってきたつもりでした。謙虚さも忘れないようにと思い、頭では「治療とは治療者が良くするのではなく、患者さんが自ら良くなるのをお手伝いすること」と思えてたつもりでいたのですが、心のどこかで「私が助けた」と得意げになっていました。患者さんが良くなるのをお手伝いするどころか本当は、私が受け手の治癒力に助けられていたことに気が付きませんでした。

 

   私は反省と共に、これからの自分の指標が見つかったような気がしました。 「受け手の心身(カラダ)が今、この瞬間に求めていることを感じ取り治療を行う。」これが私のテーマの1つになりました。

   あれから20年以上経った今でも、あの当時の気持ちを忘れず現場での工夫と勉強を続け、治療内容も改良を重ねています。 しかし「あの当時の自分がなりたかった自分(治療者)」になるには、まだまだ(きっと一生)修行が続きそうです。 

 

 

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